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「かしわ餅」と「ちまき」の東西でのちがい

      2016/04/11

端午の節句のお供えものといえば、
関東では「かしわ餅」、関西では「ちまき」になります。
最近では、関西でも「かしわ餅」が店頭でも売られるようになり、食文化の差がなくなりつつありますが、
どうして東西でこうした違いができてしまったのでしょうか?
それぞれの由来や歴史などを見ていきましょう!

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「かしわもち」と「ちまき」の違いについて

chimaki
5月5日のこどもの日に食べる和菓子なのに名前も形も違う「かしわ餅」と「ちまき」ですが、その歴史や食べる理由、名前の由来もまったく違っていました。
そこには、時代背景土地柄などが関係していたので紹介していきますね。

5月5日に食べられるようなった理由は?

■ちまき
「ちまき」の歴史は古く平安時代からありましたが、その起源は昔の中国の風習だとされています。
その起源ですが、中国のずーっと昔の春秋戦国時代までさかのぼることになります。
当時の政治家(詩人)に「屈原(くつげん)」という偉人がいたのですが、5月5日に入水自殺により亡くなるという事件がおきました。
その供養のために「ちまき」を川に投げ入れたり、食べるという習慣が出来たそうです。
それが日本に伝わり、5月5日に「ちまき」を食べるようになったと言われています。
ただ、中国の「ちまき」は中華ちまきで、もち米と具を包んで蒸したご飯の代わりにもなるものだったですが、日本に伝わってから、お菓子としての「ちまき」に変わり、厄よけの願いも込められるようになってきました。

■かしわ餅
「かしわ餅」が食べられるようになったのは江戸時代。
それまでは、全国的に「ちまき」が食べられていましたが、江戸時代になると「かしわ餅」が東日本を中心に広まっていくことになります。

その理由の1つに、江戸幕府による関東中心の武士による政治があるようです。

というのも
武家社会では、「男の子」が生まれれば、そのお家(国)の継承者となり、存続と繁栄につながるために、
「跡取り誕生」が非常に重要なことでした。
そこで、「子孫が続く」という意味の「かしわの葉」を使った「かしわ餅」を5月5日の端午の節句に食べるようになり、
その風習がいっきに広まりました。

「かしわの葉」は、秋に枯れるのですが、春になって新しい葉が出るまで落ちずに枝についていることから、「子孫が続く」という意味で縁起が良いと言われています。

その他にも、
かしわの葉が西日本にはあまり生えておらず、東日本中心だったことも関東で広まった理由とされており、
関西では、かしわの葉の代わりとして「サルトリイバラ」が使われたりします。

名前の由来

「ちまき」という名前の由来ですが、今では、ササの葉を使いお餅を包んでいますが、昔は「チガヤ」という草でまいていました。
そこから「ちまき」と呼ばれるようになりました。

日本に広まった時代やその意味合いが違う「かしわ餅」と「ちまき」ですが、
どちらもの上新粉(うるち米の粉)と白玉粉(もち米の粉)を混ぜ合わせた生地を
蒸したり、ゆでたりして作っています。
(ちなみに、月見だんごも同じ生地なのです。)

今年はもっちりとした食感を楽しみながら、昔の人々の願いを思い描いてみるのも良いかもしれませんね!

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